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ドイツの洋食器


マイセン

 17世紀東インド会社によってもたらされた東洋の磁器はその美しさに、当時の王侯貴族たちの憧れとなりました。しかし製造方法が判明できず、熱狂的な磁器コレクターであったザクセン王アウグスト2世は錬金術師ヨハン・フリードリッヒ・ベドガーに磁器の作成を命じました。試行錯誤の上、1709年についに磁器の製造に成功し、1710年にマイセンのアルブレヒッツブルグ城内に現在の国立マイセン磁器製作所の前身である「王立ザクセン磁器工場」が設立されました。

1720年ウィーンより招かれた絵付師のヨハン・グレゴリウスは・ヘロルトは当時の人々が東洋に対して強い憧れを持っていたことから、マイセンの絵付けにも東洋(中国・日本)の要素を取り入れた「シノワズリー」様式を生み出しましたが、単なる模倣ではなくマイセン独自の芸術性を展開していきます。この流れで「ブルーオニオン」は誕生しました。彫刻家のケンドラーは様々な動物や人物の磁器の彫像を作って活躍しました。現在でもフィギュリンとしてたくさんの商品があります。その出来はとても石とは思えないほど肉体的で、豊かです。

店長の一言
 
 洋食器の歴史をみると必然的なメーカー、マイセン。マイセンの特徴は、転写(プリント)がなく全て手描きであることです。また絵付けに関しても下絵、上絵、水彩、油彩、その他多くの技法を現在でも活用しています。斬新な新しいデザイナーを採用したり、復刻版を作成したりと、活動はかなり積極的です。またフィギュリンはオールドに比べて色はシンプルになりましたが、接骨師など、人体の専門者に監修をしてもらい出来上がるので、よく見れば見るほど良さを感じ取ることが出来ます。一番お手ごろなのは「波のたわむれ」で、柄は一切ない無地のシリーズです。ティーカップソーサーで一客一万円ですが、せっかくマイセンを使うのであれば、手描きのものがマイセンらしさを感じさせるのでお勧め
。販売員さんにその商品の絵付けの技法など色々聞いてから、お気に入りの一客を楽しむのもいいですね。販売員の商品知識度によってかなりマイセンの受ける印象も変わります。値段で選ぶのではなくて、しっかりとした説明をしてくれる販売員がいるお店から購入した方が、後々後悔しません






ローゼンタール

 

マイセンの南、チェコとの国境近くにある陶工の町ゼルブが発祥の新しいメーカーである。ユダヤ人のフィリップ・ローゼンタールはアメリカにて陶磁器輸入会社で仕入れを7年間担当した後、故郷であるドイツにもどり、1879年ゼルブ近郊の町に小さな絵付け工房を持ちました。20世紀初頭に発表された「サンスーシー」シリーズはプロイセン皇帝フリードリッヒ大王により作られたドイツ、ポツダムにあるサンスーシー宮殿がモチーフで、ロココ調の優しい雰囲気、ドイツのオーソドックスな花柄と金の扱いで格調高く表現したものです。しかしその後2代目になると芸術性と実用品の融合を追い求めるスタイルを打ち出し、ドイツの伝統ある古い窯がマイセンのロココ調の影響を受けているのに対し、ローゼンタールは一線を引くことになります。昔のものを模倣するのではなく、時代に即した既成概念にとらわれない新しい物を作る姿勢は、ローゼンタールの大きな特徴です。

店長の一言
 
 
とにかく可愛い!!のがこのローゼンタールです。ポップな絵柄、個性的で使いやすそうなシェイプなど、引き出物にもよく使用されます。その可愛らしさから「高級洋食器」のカテゴリに属するのは少々難しいです。近年になり店頭取り扱いがぐっと減ってしまいました。数が必要ならば、カタログにてシリーズを確認し、電話にて店頭に問い合わせ、納品時期を確認するのがスムーズと思われます。






ビロレイ&ボッホ

 
 創始者のフランソワ・ボッホはマイセンでヨーロッパ初の硬質磁器の焼成成功に遅れること約40年、1748年に現在のフランス領となっているロレーヌ地方の小さな村に息子たちと陶磁器工場を建てました。その後原料や燃料の入手が便利なルクセンブルグにも工場を建て、当時のオーストリア女帝マリア・テレジアの厚い庇護のもと様々な優遇措置を受け「王室御用達窯」を賜りながら発展していくことになります。1836年にライバル関係であったビロレイ家とボッホ家が合併し、現在の名前の「ビロレイ&ボッホ」となりました。ビロレイ&ボッホは工業化を推進し、均質化された質の良い商品を手ごろな値段で提供できるよう実用性に重みを置いた点が、当時の洋食器メーカーとは異なるところでした。

店長の一言
 
 
現在のビロレイ&ボッホはモダンで見ているだけで楽しくなります。また食洗器、電子レンジにも対応しているものが多く、とても実用性に優れています。


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