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その他の国々
【その他の国の洋食器】
ヘレンド・リチャードジノリ・ロイヤルコペンハーゲン・アウガルテン
イタリア
イタリアに銅釉による食器や鉛釉による壷、皿などが普及しつつあった時代、スペインから招来したマジョリカ陶器はイタリア人を驚愕させました。遠い憧れと見ていた中国や日本の陶磁器に似て、白い肌に美しい色彩の文様は彼らをマジョリカブームへと駆り立てます。強力な経済力を持った様々な土地で相次いでマジョリカ窯が開かれ、それらはイタリア国内のみでなくヨーロッパ中に輸出もされました。しかし地肌の白さと生地の硬さにおいては磁器に劣るため、また高身分の者たちの関心は軟陶から磁器に移り、マジョリカは次第にその勢いを無くして行きます。苦難の末に1735年、フィレンツェ郊外のドッチアにてカルロ・ジノリ侯爵の尽力のもと、リチャードジノリが誕生しました。
ハンガリー
ハンガリーは北欧フィンランドと同じく東洋系のフン族を祖先に持つ国でヨーロッパでは特殊な位置と思われていました。それため芸術や工芸等にはしばしば東洋的なデザインを感じるものがあります。ハンガリーには通称ハバンと呼ばれる錫釉エナメル磁器があり、これはハバン族と呼ばれる移住民族が作り出したものでイタリアのマジョリカと同じような経緯で普及したものです。オスマントルコの支配と入れ替わりに影響を与えに来たのが当時ヨーロッパで権勢を誇ったハプスブルク家です。当時の皇帝フランツ・ヨーゼフは1839年ヘレンド村に窯を開かせました。しかし燃料用の木材を多量に必要としたため、ヘレンド村周辺50キロ四方には森林がなくなってしまうという状態になりました。当時のヘレンドがいかに需要があり生産されていたかを表しています。
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